STUDIO44の近況報告

福岡を中心に活動するバンド。愛称はスタヨン。

手巻き寿司についての考察

みなさん、こんにちは。STUDIO44の萩原です。あっという間に今年もあと一ヵ月ですね。いよいよ本格的な冬到来といった感じですが、いかがお過ごしでしょうか?

冬と言えば、鍋料理の季節で、鍋と言えば家族団らんというイメージは何も僕だけに限ったことではないと思います。家族団らんと言えば、鍋もそうですけど、僕の中では「手巻き寿司」も強固なイメージとして焼き付いている料理の一つです。親元を離れて久しくというか、めっきり手巻き寿司を喰らう機会も激減してはいますが…。

さて、少し前にこの「手巻き寿司」について、とある女のコから興味深い話を聞く機会がありましたので、今回はその話を少々。

「彼の屈託がないところは好きなんだけれど…」彼女のそんな呟きから話は始まります。

その女のコには現在恋人がいます。彼女も25歳で、付き合って1,2年ともなると自然と互いの両親にも公認の仲になるということで、先日彼の実家にお呼ばれする機会がありました。

それで彼の家にお邪魔した時に、例の手巻き寿司で彼の家族にもてなされたらしいのですが、その時に少なからぬショックを受けたと言うのです。

何にショックを受けたか?それは手巻き寿司の「具」です。

彼女も実家住まいであり、時折家族と手巻き寿司を食する機会があるので、手巻き寿司というのはこういうモノという固定概念が彼女の中に形成されていました。で、彼の家の「具」は彼女の家の「具」に比べて、相当に「質素」でした。簡単に言えば「ショボい」のです。

曲がりなりにも自分は客人。客人をもてなす料理が自分んちの普段の料理よりショボいことに彼女は愕然としました。そこで、何の疑いもなく「うまい、うまい」とその手巻き寿司を頬張る彼の姿にまた愕然としたというのです。それは否応もなく経済格差という壁を彼女に突きつけ、やがては価値観の相違といった所まで彼女の思考を導くきっかけとなりました。

思い返せば、彼には向上心が足りないと常々感じていた彼女。「仕事もそこそこでいいや」といった趣旨の科白を彼が口にする事もあり、それは決して世の中を斜に捉えたような言い方ではないものの、その発言に対して決定的な違和感をおぼえていた事も確か。それが今回、彼の家の食卓をのぞいた事で、彼のバックボーンに直に触れる結果となり、手巻き寿司の具と彼の人生観、延いてはその将来像が見事に1点に結実しました。

そこで冒頭の科白「彼の屈託がないところは好きなんだけれどね…でもちょっと…」

うーん、実に女性らしい。「…」には相当な趣きが感じられます。女性ってたくましいですね。

とりあえず僕はここから一つの教訓を得ました。女のコと食事する時は、それが如何なる場合であっても少しだけ見栄を張ること。今後徹底していきたいです。

そんな感じでまた次回。(44は今新曲を作ってます。一応近況報告)